●研究所所蔵書誌紹介

野本寛一著『「個人誌」と民俗学 野本寛一著作集3』

野本寛一氏の著作集第3巻にあたる本著は、表題にもあるように「個人誌」という視点が軸になっている。その表現に込められた問題意識を確認することから、本書の紹介を始めたい。著者は「個人誌」について、次のように述べている。

「誌」の概念、「民俗誌」「民族誌」などを踏まえて民俗学における「個人」との対し方について考える時、「個人史」よりは「個人誌」、即ち、個人の中の時間軸にはそうものの、個人が体験・伝承してきた民俗世界を重視し、それをより多く、多角的に記録すべく大きく翼を広げることを目ざすものがあってもよいはずだ。広く聞き、広くたぐるのである。いまひとつ、個人の中で特色ある民俗的体験や伝承世界を深く掘りさげるという例も許容されよう。〔pp.17-18〕

その上で、「個人誌」は個人の貴重な体験や伝承の記録にとどまらず、それらを「束ねる」という方法により「学」として見えてくるものがあるはずだという。
このような問題意識をふまえ本書には、「序章『個人誌』の座標」から「終章『個人誌』群から見えたもの」へと至る流れのなかに、明治37年から昭和8年生まれの方々の人生の物語が15編収められている。様々な生業の組み合わせによって成りたった暮らし、その地域差に付随して変わる「祈り」の内容や儀礼、教育・学びへの姿勢、その先にあった若者の夢、戦争体験――ひとりひとりの生き方の個性や奥深さとともに、通底する事がらが「束」として紡がれていく。
どのような「個人誌」を描きうるのか、そこには時代性も影響する。

現在、現実に明治生まれの伝承者の語りをもとに精細な「個人誌」を構成し、描くことは困難となったと言ってもよかろう。明治生まれの方々から話が聞けないから「個人誌」や民俗学が閉塞するということはない。精緻な「個人誌」はどんな時代になっても重い意味を持つはずである。しかし、時が流れるにつれ、古層の水脈につながる伝承や、手動・歩速の時代の民俗がたどりにくく、記録しにくくなってゆくことは避けられない。〔p.21〕

私のこれまでの聞きとりを振り返ってみても、明治生まれの方からお話を伺う機会はなかった。それだけに、「新しい時代の中での、新しい諸問題の絡みや、それらと民俗との新しい関係が浮上してくる」〔p.592〕という事象と向き合うことになる。一方で、では著者と同じ世代に自分が生まれたとして、同じ精度を持って聞きとりを行えただろうか、とも思う。時代性や個人の問題意識、関心も含めたところで、どのような自分が、どのような状況のもと、誰とどのように対話するのか。「個人誌」という視点を通して投げ掛けられているのは、聞きとりという行為の本質でもある。

満一歳を迎える前に父を戦争で奪われた私の中に父の記憶は全くない。反面教師的な父親像すら結ぶことができないのだ。いわば、父親像の伝承空白である。同時に、父親から伝承すべき民俗世界をも喪失したことになる。男児二人を恵まれた私は、手さぐりで父親を生きることしかできなかった。「生きているだけで上等だ」という迷言をくり返し、私は家を留守にして民俗を学ぶ旅をくり返した。息子たちは父とのふれあいを求めていたにちがいない。その息子たちはどのように我が子を育てたのか――。一人の男の戦死の影響は彼の妻や子供にとどまることなく、時には孫、曽孫にまで及ぶこともある。戦争の痕は、このように深く、長く、それと自覚できない形で潜行する部分がある。〔p.592〕

追い書きのなかで著者は、戦争体験についてこう述べている。自らの内側にある「深く、長く、それと自覚できない形で潜行する部分」に気付くことは難しいことだが、読者はその言葉を胸に、それぞれの聞きとりのフィールドへと帰っていくのではないだろうか。

(土田 拓)

*この文章は研究所ニュースレター第3号の書誌紹介より転載しました。