例会レポート(2018年5月)台湾原住民の日本語世代のライフストーリー:「インタビューの場」と「語り方」

題目:台湾原住民の日本語世代のライフストーリー:「インタビューの場」と「語り方」
報告:荻原まき

日時:2018年5月28日(金)18:30~21:00
場所:立教大学
報告作成:萩原まき

今回の発表の目的は、①『語りの地平3号』の投降論文として、②「インタビューの場」と「語り方」に注目した分析、でした。
以下のとおり、参加者のみなさまからのご質問、コメントをまとめました。

1.言葉・語彙について
「親日的」は簡単に表現しすぎており、逆に「反日的」もいるのか、など考える余地も与えてしまうため、「日本と台湾に相互に親しみを感じている人が多い」など変えてもいいのではという意見をいただきました。また私が簡単に使用していた「山の人」という言い方もわかりにくいとのことでした(これは協力者のAさんが使った言葉であったため、注釈を入れる等すべきでした)。「ナラティブ現在」の言葉の確認も必要でした。「臨場感」だけではなく、まさに現在のこと=過去として扱えないこと、という解釈も可能であるためです。加えて、ノンネイティブであるがための現在形とも考えられる、とのコメントもありました。これは「常体」と「敬体」使用にも関係し、もしかしたらルカイ語にも起因することかもしれないということから、これについてはもう少し調べ、注などに書いておくようにします。

2.内容について
 インタビュー時にビデオカメラがあるということ=それなりの語りになっていないか、ビデオカメラを意識した語りになっていないか、というビデオカメラ=神の目のような「超越性」の概念も考えるべきでは、という意見をいただきました。確かにその通りで、限界があることは確かです。しかし動画は、パラ言語、非言語を分析するためには必要不可欠な機材であるため、致し方ない部分もあるかと思います。「神の意味」=「導き」については、Aさんは「先駆者」であったのか、「男性の成功の語り」になっているのではないか、「入信の語り」は「語り方」にもつながるのではないか、というコメントもいただきました。さらにこのような語りは子供のころの日本語で語っていますが、中国語で語ったら違った語りになるのでは、あるいは本音がでるのでは、という意見もいただきました。分析が不十分な点はもう一度詳しく分析を行っていきたいと思います。また、ビデオカメラ設置、日本語でのインタビューには限界がある、ということもきちんと記すべきでした。
私自身の「問いを発する」という点についてもご指摘いただきました。私の質問事項が少ないため、その質問からの語りがあまり見られなかったということで、これがひいては「インタビィーの場」にもつながっていくことになります。以後、私自身の問いを用意しながら「インタビューの場」を考えたいと思います。

3.その他
現地情報、調査地概要も詳しく書いた方がいいのでは、という意見をいただきました。「屏東」という場所は飛行隊があった場所でもあるため、言えないことも関係してくる可能性があるということでした。これについては全く気づきませんでした。調べて加えたいと思います。また「妻と会う」ということはAさんにとってどうだったのか、という質問もいただきました。たしかに入信は妻がいなかったらできなかったことだったため、もう少し妻とのかかわりも書きたいと思います。

4.まとめ
 以上、すべてがタイトルの「イタンビューの場」と「語り方」に繋がる意見、コメントでした。私自身、タイトルがこれでいいのか、と考えながら発表したこともあり、その部分が見えてしまったようです。「インタビューの場」の概念もわかりにくく、もう少しわかりやすく書くべきでした。これが「語り方」にもつながることなので、もっと丁寧に「インタビューの場」を書きたいと思います。そしてメリハリをつけた内容にいたします。