ライフストーリー研究会12月例会の内容について報告いたします。

ホームレス経験者の新たな生の基盤の様相―東京におけるハウジングファーストの実践に着目して―
報告:杉野 衣代

(報告作成:杉野衣代/web掲載編集:研究所運営委員)

日時:2018年12月1日(土) 15:00~17:30
場所:立教大学 池袋校舎

1.報告内容

既存の家族関係の閉塞と家族を取り巻く社会経済的変動の中、これまでの一対一の性愛関係を元に構築される「家族」像や概念を超えた構想の必要性が問われている。一方、米国で始まったハウジングファーストという理念に基づくホームレス状態にある人々へ住まいと支援の提供の実践が近年東京で始まった。ホームレス状態からハウジングファースト型支援によって住まいを手に入れ本人のニーズに応じた支援を受けて生活を送る彼らの語りからは、ハウジングファースト型支援が彼らの生きる基盤として意味付けられている様相が聞かれた。本稿では極まった貧困の一形態であるホームレスを経験した人達のライフストーリーを可能な限り聞き取ることにとって、ハウジングファーストがどのように彼らにとって「家族のオルタナティブ」として生きる基盤となっているかその様相を描いていく。そこからさらにホームレス状態にある人へのケアと、フェミニストにより社会問題化された家庭内における女性の不払い労働によるケアを対比し、その特徴を帰納的に導き出す。そのことにより両者にはケアニーズ発生の場の違いがあり、その違いが家庭外で発生するホームレス状態の方へのケアニーズ発見の遅怠をもたらしていることを明らかにした。

2.質疑応答

<全体的な構成について>
○最初に家族を問いに出しているので、問題意識に誤解を生じる。流れを少し考えたほうがいい。
○ホームレス経験者が自分の生の基盤をどんな風に位置付けているのかを明確にしていく作業が大事。
○入り口は家族よりは生活基盤創造の研究、人間は仕事を失おうが新しい基盤を作ろうとする。その中に家族という価値観を取り入れてみたり、そこから離れたり色々する中で、ホームレスになった人をハウジングファーストというフィルターを通した営みの中で、家族とはこうして映し出されているとか、もうないものとされているとか、重要視されている、そういう生活基盤の創造の多様性とかバリエーションとかそんな中から家族が位置付けられるという順序だと。
○ホームレスの生き方の中から、近代家族というのは成立しないよねという牟田さんの文脈の中に持って行くのは可能。
○読んでて率直な感想は、何が言いたいのか分からない。これは家族とは何かで始まる論文より、ホームレス支援のあり方とか現代社会における関係とかについてホームレスのあり方について自分なりにコミットして考えてみたから始まって。そこから語りをみると家庭に違和感を感じるとか、同性愛よりも生活保護の方が言いにくいとか、従来ある人間関係に対するドミナントストーリーみたいなものがある。そうではない関係性の位置づけがハウジングファーストを利用している人から見えてくる。そこで牟田さんを出して新しい人間関係の構想ができるんだっていう方が論文として面白くなる。
→ホームレスの新たな生活基盤の創造の一形態としてハウジングファーストの実践が始まっている。そこよりも家族の在り方の変容や家族に囚われない新しい関係性の文脈を優先してしまったので、全体的に分かりにくい論文になってしまった。ホームレス支援の在り方から入って、少し家族に囚われない生活基盤の理論に絡めて行くように改めたい。

<ホームレス研究としての意義・記述方法>
○ステップアップ型支援をしている人たちからの異論はないのか?
→支援スタッフ(ボランティアではない)にインタビューしたら、従来型の支援をしている人からハウジングファーストはホームレス支援になっていないというご意見をいただくと言っていた。
○そういう信念対立を緩和させる一つの意味はあると思う。二分論的な、何が正しいという考え方に疑問を感じる。ステップアップ型の実績をしっかり記述しつつ、さらにバリエーションを広げる研究なんだという意義があると思う。
○ステップアップ型でうまく行くのは3割。それを4割にするための視点の提示という意味はすごくある。世の中はハウジングファーストでやれば9割うまく行くというものをつい求めてしまう。そういう風にならない記述の仕方がこれからの研究の中で大事なのかなと思う。そういう意味でこの研究会のアプローチは大事だと思う。
→確かにハウジングファーストがパーフェクトとは言えないが、この支援方法ならではの魅力を感じている。その部分をしっかり記述していきたい。

<先行研究>
○ホームレス支援の在り方や考え方がどういうものがあるのかをしっかり入れていただきたい。
→レジュメでは中略にしてその辺りの分脈を省略してしまっていたところがある。ホームレス支援の先行研究をもう少ししっかりレビューしてそこから書いて行く方がすんなり行くように思った。

<理念部分の記述>
○シュッツとルックマンを出すのはなぜ?この理念を使うならこの理念を使う理由と効果がないといけない。今までの議論の流れだとシュッツとルックマンに触れる必要がないような気がする。これは博論の理論章で使ってもらえればいい。博論だと書かなければいけない。
○生活世界という言葉を簡単に使っていいのか?(桜井への質問)
→生活世界という言葉は現象学的な概念定義から来ている。もう少し日常的な感じで。その人の生活世界を内側から捉えるというくらいの簡単な意味合いで使ってますという風に答えることもできると思います。相互主観的に構成されているというと、相互主観的にはある種の客観性が含まれている。そうするとAさんの世界とBさんの世界とがずれてしまっていると難しいことになる。それぞれの人にはそれぞれの人が持っている生活世界があるんだというくらいで抑えといていい。それが日常世界になるともう少し相互主観的な世界につながって行くんだという風に捉えていい。あまり誰かの定義を持ってくるのは結構やっかい。難しいところに入っていってしまう、現象学とか。
○こういった概念を迂回して、主観的に捉えられた彼らの日常の意味世界というような記載にするのがいいのでは。
→生活という言葉は、職業とか家族とかより広い意味合いを持っているので生活を使っているということなら成立する。

<語り手の人数>
○(桜井への質問)この論文だと5人分のデータを出した方がいいか?
→必ずしもそうでもない。むしろ3人の方が自分の主張をしっかり出せるのであれば、5人は調査したけどここでは重要な3人の語りを出しましたと断ればいい。だから役に立たない語りを出す必要はない。自分のコンテンツに必要な語りを複数人出すのが多様性を出すためにも重要。Aさん、Bさん、もう一人ぐらいを出せば十分言いたいことが伝わる。表面的なところだけを出してもしょうがないので、ちょっと深いところを追求できる人を出して行く。

<ハウジングファースト型支援の実践についての記述>
○精神障害者の支援が変わって来ているのと同じようにホームレスの人たちの支援現場も変わってるんだなと思った。もっとハウジングファーストの実践的な部分があると精神障害者の現場でも活用できるようになる何かが見えてくると思う。
→論文の中にもっと実践部分を入れ込んで行く。

<ハウジングファーストに着目する意義>
○先行して安心できる場を与えることの抵抗、甘やかしであるとかの批判も強烈にあると思うが、ハウジングファーストの意義はすごく感じる。その先にこういう生活があるんだと。チャレンジングな検証になるのではないかと思う。
○ステップアップモデルだと脱落する問題があると言っていたが、それに問題意識を持ってハウジングファーストに入っていったというのはあるか?
→住まいとケアの一体的な提供というコンセプト、しかもアパートを活用するという福祉施設のようなある種のスティグマを背負うことがない居住生活をホームレス経験後にできることに興味を持って研究を始めた。ハウジングファーストの研究を始めた頃にはその程度の知識しかなく、むしろステップアップモデルの考え方に捉われた状態で現場に入っていった。そのため、最初に支援団体の代表者に支援の目標を聞いたら「ない。」と言われて衝撃を受け、「彼らは今後働いて、生活保護を脱して、結婚して、家庭を築いて行くんですよね?」と質問したら「いや、ずっとこのままじゃない?」と言われて「これは支援と言えるのだろうか?」と困惑するところから私のフィールドワークは始まっている。

<調査者と語り手の関係性>
○対話的構築主義と言っているが、どこが対話的なのだろうか?インタビュイーとどういう風に出会って、こういう語りをこういう風に手に入れたという部分が全くないから分かりにくい。論文にするときにコンパクトに分析図式を書けばいいという気持ちで書くのと、エスノグラフィックな記述をしっかり入れて書く論文とは違う。そのことが彼らの語りを解釈するときにも重要なポイントになってくる。なので、記述の工夫が必要。研究目的でも概念的な説明が先行しているが、もう少し調査の研究プロセスを書く。
○調査協力者に報告者がしていることがあるのか、あるのであれば彼らの語りに関わってくるだろうと思う。そういうものがあった方が読み応えがあるだろうと思う。
○HFの効果検証なら実証主義的にこういうことがありましたとやった方が字数的にも収まるのじゃないかと思う。支援者だからこそ、薄い繋がりが語れるのかもしれないし。構築主義だからこそ、この部分が語れるのかな。
→支援者としては転宅のための同行支援や居場所の運営補助をしている。今回の協力者には直接支援をしていない。そういった部分やどのように語り手と出会ってどこで語りを聞いたかを記載していくようにする。

<語り手に語らせる>
こちらが書くのではなくインタビューしたホームレスの語り手がこういう風に語っているというのを整理した上で、まとめを作って行く時にこういうポイントを当事者は評価しているけどこういう問題があるのではないかというのを書くのが研究者。当事者の中からもここ居心地悪いんだよねというところが当然あるだろうし。そういうものを出しながら最終的な整理をするべき。
→私の力量の問題があるが、語り手の語った内容をもっと注意深く理解して記述していきたい。

<ライフストーリーの書き方>
○Aさんなどの人毎にライフストーリーを組み立て直す中で、重要なポイントを整理していく。整理の仕方を変えるだけで分かりやすさも変わってくると思う。
○この人たちのどんなライフヒストリーから今日に至っているかをちゃんと描かなければいけない。彼らがここに至って従来の家族をどういう風に見なして来たのか。そこからどういう風に脱して来たのか。あるいはそういうものではないものを求めて来たのか、そういう意味付けをして行き、今のシェルターなりハウジングファーストの活動の支援の受益者になってる良さ。彼らがどこに良さを見出しているのか。ちょっと孤独だけど、でも素直に自分が同性愛だと言える。そういう風なことを出していけば、自分なりに求めたものが少しここにあるんだという語りの整理をした上で、結果的にそこに自分の住処を提供しどんな風にスタッフが痒い所に手が届くような、一律ではなく個別のニーズに合わせた支援をしてくれているかということを整理して出していけば、そこに生活の基盤があって、終わりくらいに家族ではこういう議論がされているが従来の家族に収まりきれない支援のあり方、生存のあり方が見えるのではないかくらいで落ち着かせておけば論文としては形になる。自分のデータから言わないと。
○具体的な支援、携帯電話を持つための手続きをすると言っていた中で、このスタッフとホームレスとの関係は、ステップアップ型の支援にはないような関係性かもしれなんじゃないかと思った。頑張れ頑張れの世界ではないのではないか、なんか淡々としている。その中でAさんの語りの中で薄い繋がりがいいんですよねという語りがある。薄い繋がりの中に人間の安心が生まれる可能性があるみたいな、それがHFという実践の伝わりにくさ。先に住まい提供して甘やかしてどうすんのと捉えられるだけじゃなく、そこにこういう関わりがあり、こんな生活基盤の作られ方もあるんだと。そういう解釈をすると相当面白いんじゃないかと。
→理論から入るのではなく、データから言えることを書いていきたい。今の論文の状態ではデータの解釈もなく雑な扱いになっているのでもっと丁寧にデータを見ていき、そこから結果を導き出したい。

<シェルター入居の記述>
○Dさんの回復というのはどういう意味か。簡単に回復って書いてあるけど、もう少し背景とかどういう意味かが欲しい。
○そういうトランスクリプトを使ったら、そのトランスクリプトに対して、筆者なりの解釈をちょっと入れた方がいいので。まさにシェルターこそが回復しているのが重要なポイントになっている。このシェルターがどんな意味になっているかということで。それは語りに任せるのではなくてもう一回筆者が書く。トランスクリプトを出した上で自分なりの正義で書く。一人について。という風に行かないと、この語りを解釈してこういう風に出て来たんだなというのが分かる流れを作っていかないと。書方の問題です。

<精神的な病についての記述>
○構築主義では、僕の理解では精神的な病があって、という言い方にも慎重になる。その人の世界では、そうしないと支援してもらえないとか、本当に病だと思っているのかとかも。解釈の仕方の方法論かと思う。
○Dさんの定位家族で兄弟の精神障害はあまり関係ないのではないか。
→Dさんが家族と疎遠にしている理由の一つがここにある。
○家族の問題状況は、牟田さんが言っている家族では収まり切れないと言っている概念に相当する。だけど、落合恵美子さんの話とは通じない。そういう家族自体のあり方が、かつての家族の概念から外れている。そういう構図の一つとして捉えてもいいけど、家に帰りたくないという理由に精神障害の人がいるという出し方はよくないと思う。家族に問題状況を抱えているくらいは出していいと思う。
→今の家族が脆弱だと言われている中でも彼らの家族はより脆弱であることを出して行きたいと思ったが、プライバシーや人権への配慮が重要だと思うので注意したいと思う。