例会レポート(4月) ライフストーリー研究会
海外生活が駐在員の配偶者の家族観に与える影響―4人の女性の語りから―
三浦優子(2015年4月30日)
[質疑応答まとめ]
1.インタビューについて
①モデルストーリー、マスターナラティブについて研究方法でうたっているが、実際に語りの中にどのようにあらわれているか。それが明確に語られていないようだが。
⇒モデルストーリーは、妻・母という立場を強く意識し、育児・家事をしっかりやっていこうとする語りに表れている。
「~しなくちゃいけない」という語り方は、自分達が属するコミュニティや当時の日本人社会に流布していると感じているモデルストーリーに影響を受けていたと言える。
マスターナラティブは、社会に流通している支配的な文化の語り方であるが、同じ職場内での結婚は、女性が円満退社しなければいけないというのもその表れであると思われる。
論文の中では、結論の章で、語りとモデルスト―リーの関連性を述べているが、更に明確化する必要があると思う。
そのためには、インタビューを重ね、話を聞き、理解を深めていく必要性を痛感した。
インタビューの重要性、大切さを再認識した。
桜井⇒実際にモデルストーリーとマスターナラティブの境界線は明確でないが、インタビューの中の、「妻が会社をやめなければいけないんですよ」という語りにおいて、夫がそう言っているのか、会社がそうしているのか、あるいは、自分がそのような家族観の中で育ってきた背景(親のしつけ等)からそう考えるのか、などはっきりさせる必要がある。
そのような背景がヒントになり、ストーリーの構図が見えてくるので、短いインタビューでは無理。
インタビューをしっかり重ねることが必要。
②仮説を持ってインタビューにのぞんでいいのか。
⇒先行研究で当時の時代の文献を読み、マスターナラティブをある程度読み取ってからインタビューを行った。
桜井⇒先行研究などの文献を読み、仮説を立ててインタビューをするという考え方はできる。
インタビューでは、照らし合わせの作業になる。
③報告者は、どのような価値観を持ってインタビューをしたのか。
⇒自分と同じ目線でみたり、転機があったはずだという期待をもってインタビューをしてしまっていたことは反省。
特にAさん(今回の報告では取り上げていない)の語りでは、何か海外生活でインパクトが強いことは思いつかないとのことで、逆に何かあるかと調査者が聞かれてしまった。そのことは論文内に言及。
④報告者自身は転機があったと思うか?
調査対象者の語りを聞くうちに、自分も転機があったように感じた。
インタビューをする前に、自分だったらどう語るかという事をしっかり捉えてから、インタビューに臨むことが大切だと感じた。
⑤結論の章のなかに「今までは、家族という枠組みの中に自分を置いていたため、その中にいる妻・母の役割をする自分しか見えなかったのが、今は、海外生活により、自分を家族という枠の外に置くようになった」とあるが、唐突過ぎて理解しづらい。
渡航前も、仕事をしていたのだから、妻・母以外の役割も持っていたのではないか。
海外では、ビザ等の関係で仕事が出来ず、妻・母の役割をせざるをえなかったわけで、渡航前と渡航後のアイデンティティのつながりがよく分からない。
⇒仕事を辞めて、海外に行く夫に帯同して、渡航することを選んだという事から、単純に渡航前は、妻・母という役割に価値観を置いていたと捉えてしまったが、確かに、渡航前の妻・母役割に対する価値観や、アイデンティティを明確にする必要があったと思う。
ただ、海外生活によって、今まで持っていた価値観から解き放たれたことは、帰国後の語りからみられるのではないだろうか。
渡航中に自分と向き合い、帰国後は、妻、母の役割を捨てるわけではないが、別の自分の生き方も探しているように見える。
しかし、問題点として、海外に行く前にアイデンティティをしっかり突き詰めていくことがなされていない、インタビューで聞くべきことが聞けていないと思う。
⑥Kさんにとっての「華やかな暮らし」とは実際何なのか。それがどのように変わったのか知りたい。
⇒「華やかな暮らし」という言葉を聞いたとき、自分の海外生活経験から、違和感なく、何の疑問も持たず捉えてしまったが、Kさんにとっての「華やかな暮らし」とは何を指しているのか、聞く必要があったと思う。
また、その変容もインタビュー時には、分かったつもりでいたが、書き起こしてみるとしっかりと聞けていないところがあり、明確化できていないように思う。
⑦自分自身は、当時は行きたくなかったのに、なぜ海外生活アドバイザーの仕事をしているのか。
当時、渡航時に自分なりにディレンマがあったと思われるが、なぜ、今、このような仕事をしているのか、そこに至るまでの事がちゃんと聞けていない。
2.海外生活が家族観に影響を与えているのか?
①研究の目的は、「配偶者の家族観が、海外生活によってどのような影響を受けているかを考察する」とあるが、明確にされていない。
家族観がどのような影響を受けているのかではなく、個々の生き方が影響を受けているようにみえる。
40代、50代の家族観をはっきりさせて(できるのかは、わからないが)、家族社会学、ジェンダー研究の分野で何か新しいことが言えるのかをみていく。
先行研究をもっと深く見て、インタビューから明らかにしていったらどうか。
⇒研究では、家族観としてまとめたが、確かに個と夫、子供に対しての関係に影響を受けたと言った方が、いいのかもしれない。先行研究をもっとしっかり読んでいくことにより、新たな発見につながる可能性があると思う。
しかし、少なくとも語りは、聞き手、話し手両者に大きなパワーを与えたように感じる。
②海外に行った経験をしなくても「自己をもちたい」という気持ちは、配偶者女性に生まれてくるのではないか。
子供の成長が大きく関係していると思うが。
⇒確かにそれはあると思う。ただ、転機がなければ、気持ちはあってもなかなか実現は難しいのではないだろうか。
③海外から影響を受けたという語りがあまり見えない。国内転勤でも、地域の文化、生き方などに出会い、自己に向き合うことがあると思うが。
⇒確かに国内でも同じようなことが、起こり得ると思うが、海外では専業主婦で仕事もなく、時間があるという点では、国内とはまた違った状況ではないか。
3.別の観点、切り口から語りを聞き、解釈、分析する。
①Hさんは、自分も子供の時に海外経験があり、その経験がどのように影響をしているのかを見てみるのもよいのではないだろうか。
⇒Hさんの語りには、子供時代の事もよく出てきているので、もっとそのあたりを聞いておくべきだったと思う。
②Hさんは、息子の不登校の事で自責の念を感じているとあるが、これは海外生活による影響というよりも、むしろ、ジェンダー役割観を追従させる気がする。
⇒不登校という点から深く留意してみていく必要性は確かにあると思う。
③Kさんにとってイタリア人女性は、「理想の姿」とあるが、あこがれ、尊敬という気持ちで、本当に理想像だったのだろうか?
⇒確かに、理想と思っても実際にそうなりたいと思っているのかは疑問がある。
今回の報告会では、取り上げなかったが、シンガポールと上海に9年間生活した50代のYさんは、海外で出会ったシンガポール人女性の生き方(弁護士で、小さな子供がいても自分は、子供を置いて、勉強にオーストラリアに行く)には、衝撃を覚えるが、自分は、夫のサポートに徹する生き方を選んだ。
理想と現実は違うことがある。理想であるが、単なる憧れなのかという事も考慮して、インタビューしていく必要性がある。
④Kさんは、海外で、かなりつらい思いをしたが、両親のサポートはあったのだろうか。
⇒Kさんの夫の両親については、語りの中に出てきたが、Kさんの両親についてさらにインタビューを重ねることもKさんのライフストーリーをみていくうえで必要であると思う。
⑤語りには、近代的自己がよく表れている。海外生活を意味あるものとして捉えたいという気持ちを持ちやすいが、「転機とはなにか」ではなく、別の切り口でまとめてもよいのでは。
⇒海外生活は転機をもたらしたはずという思い込みがあったように思う。そこから一度離れて、別の切り口を持つという、良いアドバイスをいただいた。
⑥Hさんは、カウンセリングの仕事と宝くじ売り場の仕事をしているが、両方できるのか。
どちらか優先しているのか。その場合は、なぜそうなのかを聞くことにより、何かが見えてくるのではないか。
⇒宝くじ売り場の仕事を優先していて、カウンセリングの仕事は、断ることもある。
なぜ、宝くじ売り場の方の仕事を選ぶのかをインタビューで、明らかにしていくことにより、Hさんのストーリーがもっと見えてきたと思う。
⑦Kさんはキリスト教に入信したが、入信したことが語りに影響しているのではないか。
夫の駐在に帯同していき、つらい思いをしたが、ついていったおかげて今の自分があると言っている。
語りは思想を通して語られるという事もあるのでは。
⇒キリスト教入信が、語りに影響しているという視点は、解釈の際、考慮しなかったが、関係性も考えられる。今後留意していきたい。
4.報告要旨について
「海外に行く羽目になった」とあるが、ネガティブに聞こえる。意図的にその言葉を使ったのか。
⇒自分の中では、無意識のうちに使ってしまっていた。確かに、ネガティブに聞こえるが、自分の意志でなく、海外に帯同したという事で、使ったと思う。
桜井⇒この研究テーマでは、自分の意志がないという事で、使ってもよいと思う。
①個と家族の関係ではなく、個と個の関係を見る。
個と家族というまとめ方をして、家族観としているが、個から夫、個から子供を見る、という関係から見ていく必要がある。そうしないと誤解を招く。
②聞き手と語り手の解釈の共有が大事