(ライフストーリー研究会例会:2026年3月7日(土))苦しみと向き合う生活史研究の系譜

ライフストーリー研究会例会第2回目を3月7日に行います。
皆さまのご参加をお待ちしております。
(通常例会は研究所会員のみで開催しております。ご了承のほどよろしくお願いいたします。)

苦しみと向き合う生活史研究の系譜

【報告者】 大島岳(明治大学)
【開催日時】2026年3月7日(土)13:30-16:30
【開催場所】日本ライフストーリー研究所
【開催形式】研究所ならびにオンライン(zoom)会議(対面参加者若干名)
【参加資格】研究所会員限定
*オンライン参加の方ヘは、締め切り後、申込者にzoomのご案内をいたします。
下記の申込みフォームよりお知らせください。
3月7 日ライフストーリー研究会参加申込み
(参加申込みのボタンは、本ホームページのトップページにもあります。申込締め切り日は3月5日(木)です。)

【概要】
1971年に中野卓は柿崎京一と岡山県倉敷市の公害調査に取り掛かり、内海松代(仮名)の強く生きる姿に興味を持ち『口述の生活史』(1977年)としてまとめた。
生活史研究の嚆矢とされる本研究の前に、原爆被爆者の生活史をまとめた石田忠『反原爆 : 長崎被爆者の生活史』(1973年)が上梓されていたことは既に指摘されている通りである(大島 2020; 2023)。石田は,被爆者の〈漂流〉から〈抵抗〉への絶望や苦しみから反原爆の思想化として再生に向けたレジリエンスの過程を詳細に捉えている。また浜日出夫が指摘するように、1960年代に集団就職の様相が変化し、「下積みの安価な労働力」として都市下層に組み込まれたN・N(永山則夫)の生活史を資料から研究したのが、見田宗介『まなざしの地獄』(1973年)である(浜 2023)。本研究も,戦後の生活史研究の一つの展開とみなすことができる。ここではレジリエンスを妨げる生の拘束条件としての〈まなざし〉が論考されている。
 上記三つの生活史研究は、戦後に「飛躍的な発展を要請され、その中で戦前とは異なる大きな役割を期待されることとなった」(江口編 1990:360)社会調査の一つの形であると言える。原爆被爆者のライフ、公害被害調査、都市貧困研究として分化しつつも、生活史をとおし領域横断的な対話を行うことを可能にし、学際的な社会調査を進めていくために重要な基礎を築きあげたと考えられる。1976年には水俣病「不知火海総合学術調査」が開始されるが、その端緒を開いたのは石牟礼道子『苦海浄土』(1969年)と民衆史を切り開いた色川大吉との出会いであった。石牟礼の自然と人との関わりという意味での生活史の「きき書き」と、そのままでは歴史の中に埋もれかねない水俣の人びという意味での百年にわたる生活史の「聞き書き」が交差し「総合学術調査」が誕生したのである。この調査を通して、鶴見和子は「内発的発展論」(1976年)を探求し、宗像巌は最激甚被害地の茂原地区において、なぜ住民がいまだに「強靭な復元力」を維持しているのか(宗像1983: 114)について具体的なレジリエンスの機序について明らかにした。

 本報告は、生活史/ライフストーリー研究を「苦しみと向き合う社会学」として整理する試みである。