例会レポート(夏期研究会) 

日時:2015 年 8 月 23 日(日)
場所:社)日本ライフヒストリー研究所

◆ニューカマーの子どもの学習継続要因:日系南米人高校卒業者の語りより

◆生殖補助医療後の出生前診断の経験についてのインタビュー調査

◆マンガ経験とナラティブ・アイデンティティ

1.ニューカマーの子どもの学習継続要因:日系南米人高校卒業者の語りより

原田かおり

●報告要旨
1.1.研究背景
2014 年、日本における在留外国人数は約 212 万となっている。このうち在留資格で「永住者」が約 67 万人で全体の約 32%を占め、地域別にみると、中国、韓国・朝鮮、フィリピンにブラジルが続いている。
1990 年代前半に出稼ぎ労働者の典型と見なされていたブラジル人は、現在約 62%が、ペルー人は約 69%が「永住者」資格を持つ滞在者となっている。総じてニューカマーと呼ばれる彼らは、子どもを連れ、あるいは日本で子どもを産み育てるようになった。今、その子どもたちの不就学、不登校などの教育問題が浮上している。
日本の法律は外国人の義務教育を認めていないために学齢期でありながら不就学、あるいは学校に行っても授業についていけず不登校になりやすい。日本の学校に入学、編入したとしても教育制度、言語の問題、家庭環境などから、進学をあきらめていくケースも目にする。中学卒業で就職したとしても、親と同様の単純労働者、派遣労働者となり不安定雇用で職を転々とする者も見受けられる。
彼らの教育問題に関する研究において、日本の学校文化への適応に焦点が当てられた学校批判、教師批判などの議論は盛んであるが進学を果たしていった者、特に高校卒業者に焦点を当てた質的研究は相対的に少数である。

1.5.研究目的と意義
日本の教育制度は、外国人の子どもには義務教育への就学義務はない。そのため、日本の学校側にもニューカマーの子どもたちを受け入れる経験の蓄積も体制も整っていない。
その子どもたちの特徴として、入学、編入時に日本語を解さない者が大多数を占める点があげられる。このような状況下で、不就学、不登校にならず義務教育課程の中学を修了し、日本の高校への進学、卒業率は低いことが推測される。

本研究では、義務教育を終え、さらに高校へ進学、卒業し、自分の将来を設計していくニューカマーの高校卒業者を対象とする。彼らの困難を分析し、それを乗り越え高校卒業に至った要因を語りから探ることを目的とする。高校卒業者の経験を掘り下げることで、ドロップアウトせずに継続できる要因を解き明かすことができるのではと推察する。その要因を明らかにすることで、ニューカマーの子どもたちの将来を考察する際の一助となればと考える。

3.1.フィールドについて
3.2.調査協力者
今回は協力者 B に焦点を当て分析、考察を試みた。

●質疑応答

1.ニューカマーの子どもたちの学習を継続させるものとして、日本語習得が重要であると思われるが、それを可能にする日本の教育システム制度はどうなっているのか。日本語習得の機会、継続支援とのつながりはどのようになっているのか。そこに焦点を当てるべきではないか。
→日本語教育支援について学校の体制等を調べ研究に追加していく。

2.結論として、「相手の持つ排他的な壁を乗り越える」との表現は危険ではないか。日本の教育制度を叩くべきではないか。
→結論は暫定的なものであり、確かに性急である。気を付けながら考察を進めていく。また教育制度批判はこれまで多くなされているので、本研究では協力者自身にとって、彼らが危機的状況と捉えているものは何であるのか、それを本人がどのように乗り越えてきたのかに焦点を当て考察していきたい。

3.背景が全く違う協力者(国、年齢、来日年等)をまとめられるのか。対象を絞る必要有り。共通点を探すのは無理があるのではないか。自分の学業達成をどのような方向でするのか、一人一人をよく見ることが必要。
→協力者の共通点として、山梨県で日本の学校に進学し、高校を卒業した日系南米人とした。そもそも入学しない者やドロップアウトしていく者が多い中、高校に進学し、卒業までを果たしたという点に注目した。
また共通項に対する指摘については、分析段階で、危機的状況や乗り越えた要因として建てた項目の重なりが見え、カテゴリー化する難しさを感じていた。今後は一人一人の語りを時系列ごと、あるいは、テーマごとに解釈を試みる。

4.協力者 B について、2008 年のリーマンショック後に、多くのブラジル人が派遣切りにあったが、その時期に両親はどうだったのか。一番の危機的状況が語られていないのでは。そこを外したのはどうなのか。
→協力者 B に関しては、県内の大手食品会社に家族 3 人が勤務していて、派遣切りはなかった。親の雇用形態が、危機的状況に繋がることは大いにあるので、注意して見ていきたい。

2.生殖補助医療後の出生前診断の経験についてのインタビュー調査

山本佳世乃

【発表概要】

出生前検査受検者を対象としたライフストーリー研究調査の計画発表を行った。生殖補助医療経験による出生前検査体験の違いを明らかにすることを目的としている。
ライフストーリーの解析には報告者(山本2015)による分析(「分析 1 ライフストーリーに対する意味づけ」、「分析 2 ライフナラティヴ」、「分析 3 ライフストーリー内の他者」)を用いる予定である。

【質問・応答】

1) 医療領域において、ライフストーリーという語はどの程度通じるものか。
→ 固有名詞もしくは学術的な用語としては認識されておらず、一般的な英単語として捉えられていると思う。ナラティヴについては、言葉自体はだいぶ認識されつつある。

2) 侵襲という言葉の意味について質問。侵襲性の低いインタビューとあるが、侵襲というのは身体的に負担が少ないことの意と説明されていた。どういった意味か。
→ 侵襲は危害・負担があることの意味で用いている。身体的な意味でも心理的な意味でも使うことができる。

【コメント】

1) インタビュアーの当事者性について
インタビュアー自身が出生前検査についての遺伝カウンセリング担当者である。そのため広い意味での当事者性をもつといえる。分析 2 にこの点を含めておくとよい。

2) インタビュイーを取り巻く社会について
本研究の場合、インタビュイーはメディアから影響を受けている可能性が高いと考えられる。分析 3 にメディアを入れておくことは重要と思う。

参考文献

山本佳世乃 (2015) ライフストーリー分析指標の開発 遺伝カウンセリングへの応用を目指して,風間書房

3.マンガ経験とナラティブ・アイデンティティ

池上賢

【報告要旨】

本報告では、マンガ経験を媒介にしたナラティブ・アイデンティティの構成・提示の過程について明らかにした。
はじめに、理論的な視座として Abercrombie と Longhurst らが提示したスペクタクルとパフォーマンスのパラダイムの有効性を主張した。また、本研究におけるアイデンティティがナラティブ・アイデンティティであることを示した。そのうえで筆者は自身が実施したライフストーリーインタビューから 3 人の協力者のマンガ経験に関するインタビューデータを分析した。
結果として、以下のことが明らかになった。まず、人々はマンガ経験を媒介にしてアイデンティティを提示することが可能である。次に、アイデンティティに関わるようなマンガ経験は、個人のライフストーリーにおいて重要な意味を持つものとして意味づけられることがある。アイデンティティの構成は、常に生起する可能性を持つものである。そして、それらの過程は相互行為の中で行われている。以上の点が明らかになった。

【質疑応答】

本報告に対しては、さまざまな有用な指摘をいただいた。以下、筆者が特に重要と考えた指摘の内容及び、それに対する現段階での筆者からのリプライを記載する。

1.アイデンティティを構成・提示すると書いてあるが、マンガ経験を語ることで“構成する”という表現を使うと言い過ぎになってしまうのではないか。ナラティブ・アイデンティティはある個人にとって核となるアイデンティティであり、それがマンガについて語ると構成されるというと、よほど強い関わりがないと主張できないのではないか。
→構成・提示という表現は、本稿の第 1 稿から使用している表現である。しかし、改めて本研究において使用しているデータを検討しなおすと、確かに「マンガ経験を語る中で、アイデンティティを構成する」という表現を用いると、当該の人物の統一的なアイデンティティの全体像が、あたかも“マンガのみ”によって構成されるという誤解を与えると感じた。
この点については、原則として“提示”という表現を使用することを検討したうえで、語り手のナラティブ・アイデンティティの(全体ではなく)どのような事柄が提示されたのか、検討しなおすこととしたい。

2.研究の位置づけが微妙なところがある。従来通りの受け手研究の文脈だと、漫画を受け手がどう解釈するのかという点が中心になる。しかし、ナラティブ・アイデンティティとの関係だと漫画じゃなくてもいいのではないかということが起こるのではないか。なぜ、マンガ経験なのか、どのようなインタビュー構造でこの語りで得られるのか。
→マンガに注目する理由については、ほかの方からの質問にもあった。筆者としては、この点については、本文中において記述したつもりであるが、説明不足であると思われるので、さらに加筆することも検討したい。また、どのようなインタビュー構造でこの語りが得られるのかという点については、インタビューの相互行為過程について記述が不足しているという指摘もあったので、インタビューデータの提示にあたってより詳細な記述を行う必要性を感じた。

3.パフォーマティブということを語りだけ裏付けるには、狭すぎる。マンガに関する経験が、自分の経験の中にこういった形で表れている、あるいはそれを踏まえて日常生活の中でこうしている、という点についてインタビューデータの裏付けが必要。
→この指摘は 1、2 と関連付けられる問いであると思われる。分析過程を振り返ると、表面的な語り、ないしマンガに関連する語りばかりをとらえることに終始していた。この点についても、この点については、インタビュー場面における「自分について言及している部分を探してはどうか」という指摘も踏まえて、インタビューデータを改めて分析したい。いずれにしても、マンガに関連しない事柄も含めて、アイデンティティがどのように語られているのか再検討した。

【総括】

報告および質疑応答を全体的に振り返ると、本報告における最大の問題点は、協力者のナラティブ・アイデンティティや、アイデンティティの関連性が、単純化されて記述されている点にあるのではないかと感じた。修正にあたっては、トランスクリプトを全体的に見直したうえで、マンガにかかわる経験が、各個人ごとに、どの程度、あるいはどのような点について、アイデンティティにかかわっているのか、より詳細に記述できればと考える。