■記念講演について
研究所10周年を記念し、代表理事・桜井厚による記念講演が行われました。
このページでは、代表理事・桜井厚による記念講演の様子をご紹介いたします。記念講演では、ライフヒストリー研究が成立するまでの歴史的背景と学問的文脈について整理し、その理論的基盤を解説しています。ライフストーリー研究にはじめて触れる方をイメージした内容です。
■公開動画と目次構成
■前半
1 ライフストーリー研究所の創設
質的研究、とくにライフストーリー/ライフヒストリーの方法を普及、研究者の交流の場を作る必要性から設立された。調査データのアーカイブ化の困難さを痛感し、その受け皿としての役割も想定。
2 ライフヒストリー研究の出発
古典的出発点は『ポーランド農民』であり、個人的記録を社会研究の資料として位置づけた点が画期的であった。日本では戦後、岡田健や森岡清美らが「個人的記録」の価値を紹介し、方法論の基礎を築く。初期は手紙・日記・自伝など“書かれた記録”を中心資料とした。歴史・心理・社会学など多領域で注目されながら、数量データの台頭とともに一時影が薄くなった。
3 データとしてのオーラリティ
文字資料を残さない人々の経験を捉えるため、インタビューの語り=オーラルデータが重視されるようになった。フェミニズム、移民史などで、周縁化された人びとの声が研究対象となる。音声録音の普及により、口述を詳細に記録する方法が可能になり、女性史・民衆史などでオーラルヒストリーが大きく展開した。
4 ライフヒストリーからライフストーリーへ
個人的記録を研究者が編集する「ライフヒストリー」から、語り手の語りの流れそのものを重視する「ライフストーリー」へ視点が移行。語りは“今ここ”で再構成されるため、時系列より語られ方(シークエンス)を重視する発想が生まれた。1980年代〜90年代にかけて日本でも徐々にこの転換が意識されるようになる。語りをそのまま提示する方法が探られ、対話性の重要性が強調され始めた。
■後半
5 ライフストーリー研究法へ
語りを“対話の産物”として扱う立場が明確化され、研究者の発話を含めたトランスクリプト提示が試みられる。ライフヒストリー(研究者編集)とライフストーリー(語りの構築過程)を概念的に区別。時系列整理ではなく語りの流れを重視することで、新たな分析視角が生まれた。語りの評価性・文脈性に注目し、語りの中の「空間・時間・社会的世界」を読み解く方法が整備される。
6 LH研究からLS研究へ
ライフヒストリー(LH)は資料を統合し“人生像”を構築する研究者主導の方法。ライフストーリー(LS)は、語り手と聞き手の対話の中で生まれる物語を重視する方法。インタビューの発話を両者ともに記録し、対話のプロセスそのものを分析対象に。語りのシークエンスが語り手の世界理解を映すと考えられ、LS研究が独自の立場として確立へ向かう。
7 ライフヒストリーとオーラルヒストリー
歴史学は資料の客観性・検証性を重視し、語りを他資料と照合する「歴史資料」として扱う傾向が強い。一方ライフストーリー研究では、語りの主観性そのものを価値として扱う。
2000年代には日本オーラルヒストリー学会などが設立され、多領域でオーラル研究が活発化。語りの主観・価値観・対話生成性に注目する立場と、事実検証を重視する立場との間に緊張関係が生まれた。
8 ライフストーリー研究の認知に向けて
2000年代前後、ナラティブ研究や構築主義が広まる中、LS研究は多様な批判と応答を受けながら認知を高めた。「対話的構築主義」という枠組みを提示し、語りの生成過程を中心に据えた点が特徴。調査者自身の立場性(ポジショナリティ)を可視化する姿勢にも注目が集まる。批判を通じて、LS研究の独自性と方法論的輪郭がより明確になった。
9 ライフの理解による方法論の違い①
ライフをどう捉えるか(生きられたライフ/経験としてのライフ/語りとしてのライフ)によって研究方法が大きく変わる。生きられたライフ重視:客観的事実・出来事の再構成を目指す。経験としてのライフ:語り手の感覚・意味づけの変化に注目する。語りとしてのライフ:対話の中で生成される言語行為に焦点を置く(LS研究の中心立場)。
10 ライフの理解による方法論の違い②
さらに「再構築されたライフ」として、語り直し・新しい自己理解の生成にも研究関心が広がる。サイコセラピーやトラウマ研究、サバイバーの語りなどが典型例。LS研究は、語りの生成を中心に、経験や再構築への接近も可能とする柔軟な立場を取る。こうした多元的ライフ観が、研究者の方法選択と分析視角の多様性を支えている。
11 研究所10年を経て
研究所の会員は社会学のみならず看護、日本語教育、福祉、国際系など多領域に広がった。各領域の実践者が“自分の立場が問われる”研究としてLSに惹かれている点を強調。専門領域に根ざした対話的研究が、LS研究の新しい発展可能性を示している。今後も多様な領域との協働の中で、新しいライフストーリー研究の展開を期待している。
